Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “梅雨のあとさき”
 



          
その1




 とっくの昔に、九九どころか連立方程式の解き方までマスターしちゃった坊やにとっては、退屈極まりない算数の時間。窓辺の席から何を眺めやるでなく、ぼんやりとお外を見やっていると、

  ――― ぽちり、と。

 唐突に。ガラス窓の真ん中あたりへ、小さな小さな銀色の点が落ちた。
“………あ。”
 空は明るいのだけれど、そういえばどこか曖昧な色合いの薄曇り。それにお外の空気もどこか生暖かかったしね。ずっとの晴天もそろそろ潮時、田植えの準備のためにも、ここいらでお湿りがほしいところでしょうか…なんて。朝のニュースショーでも予報士のおじさんが要らないことを言っていたっけ。そうこうする内にも、その銀色の点はぽつりぽつりとガラス窓の上、至るところへ足跡を残してゆき、
“あ〜あ…。”
 今 降り出したなら、恐らくはこれからしばらくは降り続く。そんな天気図、気圧配置だったことも思い出し、がぁっくりと小さな肩を落としてしまった妖一くんだったりするのである。だってサ、雨になるとサ…。





            ◇



 それもやっぱり、唐突に、だった。いつものように賊学のアメフト部の練習に付き合って過ごした放課後。お家の前まで無事に送り届けてもらって、乗って来たバイクのハンドルを支えたままで先に降りた葉柱のお兄さん。スタンドを立てると、重たいバイクのバランスを崩させないようにとの呼吸も慣れたもの。タンデムシートの後ろの方、自分でがっつりと固定設置した子供用の補助シートに座ってた坊やを、腕だけの力で軽々と抱き上げて降ろしてくれて。
「じゃあ、また明日なvv」
 ご機嫌さんにて手を振って、そのまま二枚合わせの門扉を開けかけた坊やだったが、
「………ほら。」
 その行く手へ、頭上から追い越した長い腕の先が先回りしており。大きな手の長い指先に摘ままれて、ぴらんと下げられてあったのは、片面にだけ透明なアクリルの窓が開いた、シンプルなデザインのパスケース。
「…何だよ、これ。」
「見て判らんか。これはバスの定期券と、それがクシャクシャにならないようにと作られたパスケースだ。」
 いいか? 路線はややこしくはないからな、小学校前の停留所に来る21番の路線のバスに乗って、賊徒高校前って停留所で降りればいい。学校のすぐ前の舗道にある停留所だからな? 向こう側に渡っちまうと同じ21番でもウチを通った後のが来るから、絶対に間違えんなよ? で、これはそん時に。降りる時に運転手さんへ見せればいいからな? 事細かに説明する白ランのお兄さんへ、
「そのくらいは知ってるってば。」
 以前にも何度か、電話が通じなかったり、お迎えを待ち切れなかったりして、独りでバスに乗って賊学まで出向いたことがある。子供の足だと4、50分くらいかかるかもしれないが、歩いて行けない距離でもなし。バスならほんの4駅ほどなのでと、気短な気性からやってみたこと。初めて行った時は褒められるより驚かれてしまい、怖くはなかったか、知らない人から構われはしなかったかと、やたら心配したお兄さんだったのに、
「これって…。」
「雨が降った日は、これで来な。」
「なんで?」
 来なの“な”が発音されたと同時ほど、素早い反駁を返して来た坊やだったが、
「バイクだと危ないからだよ。」
 お兄さんの答えはシンプルだったし、実を言えば坊やの側だって何となく予想はしていた。
「いいか? タンデムの後ろってのは、事故った時に一番危ねぇんだ。」
「事故らなきゃ良いんじゃんか。」
「ああ、そうだな。事故るつもりで乗ってる奴なんて、まずは居ねぇよな。」
 こればっかりは譲れないからか、いつもよりも言葉数が多いお兄さんであり、前以てシュミレーションでもしていたのかもと、坊やに思わせたほど。
「ただのスリップなら、自分だけなら、何とでも身を守るくらいは出来っけどな。」
 門扉前のテラコッタ煉瓦を敷いた小さなポーチ。ひょいと上体を倒して来ての、膝を屈めた中腰になったお兄さんは、
「それでなくともお前はサ、運転中は、こっちから見えない、しっかり抱いといてやれない場所にいるんだ。」
「………うん。」
「それがサ、これが尻振ったのにあおられて、道へ軽々放り出されたらって思ったら。」
 その先は敢えて口にしなかったけれど、大きい手のひらをネ、伏せるようにしたそのまんま。きゅうって。坊やの髪の毛、指にからめるみたいにして、頭に置いてくれたから。間近になったお顔もネ、真剣な真顔になってたから。

   ………ルイ。
       なんだ?
       眉毛下がってっと、凄んごい情けない顔になんのな。

 こんなタイミングに、なんてまた一気に冷めるよなことを言う子なのかねと。目許を眇めると、額の隅へも、それは素晴らしい反射でもって、きりりと青筋を立てたお兄さんだったが、

  「………お。」

 そのお怒りが言葉になる前に。まだまだ長さが足りない幼い腕が伸びて来て、こっちの首っ玉へ“きゅううっ”としがみつく。肩に背中に、懸命に伸ばして届かせてる腕や手の感触と、ほのかな温み。首にひたりと触れてる柔らかさは、頬のふくらみか。
「判った。雨降ったら呼ばない。行くとしたら自分で行くから。」
 行かないかもしれないぞという含みのあった言いようだったが、
「…ああ。風邪ひいちまうからな。」
 暗に、それも良いさと了解したお返事を返すお兄さんであり。あんたたちってホンットにツーカーになったよねぇ。
(苦笑) あらためての“じゃあな”という声をかければ、名残り惜しげに離れつつ、もう一回頭を撫でてくれたお兄さん。颯爽とカワサキ・ゼファーに跨がって、来た道を真っ直ぐに戻って行った。イグゾーストノイズが遠くに遠のき、完全に聞こえなくなるまでの間、門の前から離れられなかった坊やの金の髪を、黄昏時の夕陽が淡く甘く照らしてたのを。葉柱のお兄さんはバックミラーにいつまでも見ていたそうで。………よく事故んなかったねぇ。あんな話の後じゃあ洒落にならんぞ?

  「………おいこら、筆者。(怒)」







            ◇



 低学年用の昇降口にて、ぽんっと軽快な音があちこちで鳴り響く。ワンタッチで開く傘が、次々に開いては出て来る様は圧巻で、差してる子供が小さいから尚のこと、勝手に開いた花がそのまま歩き出すような、ちょっぴりシュールな風景。仲良し同士だろう、幾つか身を寄せ合うように固まっている様子は小ぶりのアジサイにも似て、何とも愛らしい限りだが、
「ひゆ魔くん? 今日は葉柱のお兄さん、呼ばないの?」
 おニューの水色の傘をぽんっと開いたセナくんが訊くのへ、うんと、こっくり頷いて見せ。こちらさんは濃紺の伸縮型のをカシャリ・ポンと開いた。
「雨降ったら危ないからな。」
「危ないの?」
 ああと頷き、ポッケから取り出したのは。いつもの携帯じゃあなくて、四葉のクローバーが裏の隅っこに型押しされてる、スリムなパスケース。
“そういや、聞けば良かったかな?”
 子供用の定期なんて、どんな顔で買ったのやら。弟のなんですよなんて、訊かれてもないのに先に答えてたりしてな。うくく…と笑ったそのまんま、定期券の方を今更じっくりと眺めてみれば、

   “……………え? ///////

 急に。耳まで首まで真っ赤になったお友達へ、小さなセナくんが不審げに小首を傾げて見せたけど。そんなことさえ意識の外で。色白な肌を至るところ真っ赤に染めて、妖一坊やの視線が釘付けになったのは、利用者の“名前”の欄。曰く、



   ――― 葉柱 妖一 小学2年 7歳 男







            clov.gif



  「いや、だから。全くの他人の定期買うなんておかしいじゃないかよ。」
  「別にどんな繋がりの方のですかなんて訊かれなかったんだろう?」
  「まあ、そうなんだけどもサ。///////
  「学割使った訳じゃなし。乗る時に確認すんだから、いちいち訊かねぇっての。」
  「だ〜〜っ、うるさい奴だな。
   そんなイヤなら買い直してくりゃいいんだろっ、それ返せっ。」
  「ヤ〜ダ。」
  「なんで。」
  「一遍貰ったもんは俺のだもん。///////
  「………何で赤くなる。」
  「放っとけよ。///////



  〜 お後がよろしいようで… 〜  05.6.6.

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  *去年は書けなかった梅雨のあれこれを、
   思いつくままに書いてみようと始めたんですが。
   のっけからこんなオチでございます。
(苦笑)

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